日にち | 行程 | 日にち | 行程 |
3/23 | 人吉→一勝地(球磨川下り) | 4/17 | 片嶋→加古川 |
3/24 | 一勝地(雨のため滞在) | 4/18 | 加古川→大蔵谷(家来に風邪が流行ったため、西宮までゆっくりのペースに変更) |
3/25 | 一勝地 | 4/19 | 大蔵谷→兵庫 |
3/26 | 一勝地 | 4/20 | 兵庫→西宮 |
3/27 | 一勝地 | 4/21 | 西宮→郡山 |
3/28 | 一勝地→萩原(球磨川下り) | 4/22 | 郡山→伏見(京で通行手形の交付) |
3/29 | 萩原→(響野原参詣)→川尻 | 4/23 | 伏見→石部 |
3/30 | 川尻→山鹿(熊本で朝鮮飴をもらう) | 4/24 | 石部→関 |
4/1 | 山鹿→羽犬塚 | 4/25 | 関→桑名(饅頭、蛤、酒の差し入れ) |
4/2 | 羽犬塚→内野 | 4/26 | 桑名→船→宮(名古屋) |
4/3 | 内野→木屋瀬 | 4/27 | 宮→岡崎 |
4/4 | 木屋瀬→小倉 | 4/28 | 岡崎→吉田 |
4/5 | 小倉→吉田(関門海峡を渡る) | 4/29 | 吉田(うなぎの差し入れ)→舞阪(関所)→浜松 |
4/6 | 吉田→小郡 | 5/1 | 浜松→袋井 大井川川止めの情報 |
4/7 | 小郡→福川 | 5/2 | 袋井→金屋(金谷) |
4/8 | 福川→高森 | 5/3 | 金屋(大井川の川止めのため滞在)(鯛の差し入れ) |
4/9 | 高森→久波(錦帯橋見物)家来数名が厳島参詣したいと申し出る | 5/4 | 金谷→府中(静岡)(野菜の差し入れ) |
4/10 | 久波→広島(海田)雨のため、厳島参詣は中止。 | 5/5 | 府中→吉原 |
4/11 | 海田→本郷 | 5/6 | 吉原→箱根 飛脚で江戸に手紙 |
4/12 | 本郷→今津 | 5/7 | 箱根(タバコ盆を購入)→大磯 |
4/13 | 今津→七日市 | 5/8 | 大磯→程ヶ屋(保土谷) |
4/14 | 七日市→板倉 | 5/9 | 保土谷→江戸屋敷 |
4/15 | 板倉→片上 | ||
4/16 | 片上→片嶋 |
おはよございます。
お父さまのサイトも拝見してきましたが
たまに時代小説読むくらいで歴史詳しくはないんですけど
淡々とした感じの記録だけど、逆に浮かび上がってくる感じがして「へ~」ってなっちゃいました。
今、人吉から東京まで歩くって思うと「うわ~」ですけど
45泊っていうだけでもスゴイですけど
当時はまぁこんなものだから、って業務として普通の感じでこなしているみたいで
おもしろいですね。
厳島参詣が雨で中止って「あー残念だったねぇ」って思わず家来数名に感情移入しちゃいました。
参勤交代
三五子さん、コメントありがとうございます。
私も歴史に詳しいわけじゃないので、意味がよく分からないところもありますが、読んでるとなかなか面白いんです。この人吉藩相良家は大大名じゃないので、多分大名行列も小ぢんまりしてたんじゃないかと思われます。
で、この日記自体、お殿様のものらしく、事務的ではあるものの、事細かに書いてあるんです。
地理好きなので、現代地図と見比べながら、彼らの旅程を追ってます。「この道通ったのね~」とか思いながら見ると楽しいです。
今では過疎化してるところが、昔の街道宿場だったりして、いろんな発見があります。
>家来数名に感情移入
するでしょ?ねっ(笑)
めったにないチャンスだから、安芸の宮島詣でするぞ!って、せっかくお殿様の許可も頂いたのに、雨で中止、真面目にお仕事するしかなくなって、残念。
途中の「お供に風邪のもの多し。旅程を緩やかにする」なんていうのも、アットホームな感じでいいですよね。お殿様はずっと元気みたい。
ここにはまだ書いてませんが、途中でどんどん家来が病気で離脱していくのです。
やっぱり旅の疲れが出るんでしょうね。
詳しく書いたものを今準備してますので、またできたらアップします。
淡々と
私の旅路はただ今24500泊と24501日です 毎日のことを一行でも書き残していたら
どんなものが出来たでしょうか お父様の趣味というか研究面白そうですね とは言ってもコツコツは苦手で真似できません 面白そうなところを 又教えてください
ゴジダツジさま
24500日!!
日にちにしてみると、ものすごい量に感じますね。
ほんとに1行でも書いてたらすごいでしょうね。
私も日記などは三日坊主で全然だめです。
このブログはなんとか続けていますが・・。
参勤交代道中記、いろいろ面白いところもあるので、またここに書きたいと思います。
おたのしみに~。